「新しい魔法使いの話って?」
この生徒会室で行われる話し合いは、生徒たちが想像しているものとは全く違うだろう。
この学園の生徒会がエリート魔法使いの寄せ集めで構成されていて、裏では町の平和を守っているという事実を、生徒たちは知らないのだから。
きっと学校のための話し合いや、素敵なお茶会が開かれていると思っているだろう。それも事実ではあるが、実際は戦争や魔物退治について……もっと恐ろしい話もしている。
ここ最近、この街に出現する魔物の数が増えてきたし、なんだか強くなってきている気がする。そして他陣営の魔法使いたちからの攻撃も増えてきた。
それを五人でというのは結構大変なのだ。だから新たな魔法使いを探し、一員になってもらおうと思っていた。
「この方達が?」
机上に並べられた資料、そこには二人の少女の氏名、所属、顔写真、家族構成などが書かれている。
「そう。調査報告書。調べるの大変だったんだ」
「あれ、俺と同じ二年じゃーん!一緒に入れるべきだったんじゃねーのッ?」
「魔法使いの家系じゃないし、本人に自覚ないからねー。魔力はあるけど使ったことはないし、自分がそうだとも気づいてないんだ。だから調べるまで分からなかったんだよ。まぁ時々力を感じてたから、もしかしたらって思ってたんだけどね」
「この子の魔力ランク……すごいじゃない、どうして……」
「たまにいるんだよ。強い魔力を持って生まれてくる子が、あとはこの子、魔法戦争で両親を亡くしてるみたいで……辛い思いさせるのは、申し訳ないんだけどね……」
「そうか……巻き込むことに、なるんだよな……」
世界が、動き始める――。
ElementalWizard-エレメンタルウィザード- 第一話
私立星鈴学園は初等部から大学まである誰もが憧れる名門学園だ。そこに初等部の頃から通っている雨野羽流は、その肩書き以外はごくごく普通の平凡な中学生で、勉強も運動もそこそこだし特に目立つ能力もない。
毎日普通に登校して、授業を受け、放課後は友人たちと仲良く遊んだりする。こんな普通の生活に満足している。けれど、少しだけ憧れるものがある。
それは私立星鈴学園生徒会だ。
普通生徒会というのは、立候補者達が演説をして、生徒による投票が行われ決定するものだが、この学園の生徒会は違う。選ばれし者だけが、入ることができるのだ。
(かっこいいなぁ、あたしもあんな風になれたらなぁ……。)
体育館での全校集会。一般生徒である羽流が着ているような黒いセーラー服や男子生徒の詰襟とは違うデザインの、選ばれし生徒会メンバーだけに与えられた、かっこいいブレザーと、腕章、そして真っ白な羽のブローチを身に纏った美男美女たち。どういった基準で選出されるのかは実は誰も知らない。
この通り生徒会メンバーは美男美女揃いだから、顔で選ばれてるんだよ!という噂があり、羽流もそれを信じている。
だから、自分なんかが入れるわけないし、遠い存在だと思う。
(だってあたしは、特別なんかじゃ、ないから)
「では、これで本日の全校集会を終わります。皆さんお疲れ様でした。今日も一日頑張りましょう!」
「キャーッ!」
挨拶の後、女子生徒たちから歓声が上がった。羽流は、ほんの一瞬だけ壇上の生徒会長・三城颯人と目が合った気がしたが、多分気のせいだった――。
「ねぇ羽流。今日部活ないけどさ、どうする?どっか寄ってく?」
帰りのホームルームが終わって教科書を鞄に仕舞っていると、一人の女生徒が羽流の席までやってきた。両サイドのぴょこんとはねた髪の束が特徴的だ。
「瑠璃ちゃん!そうだなぁ、甘い物食べたい!」
幼馴染の星野瑠璃である。小学生の頃は人数が少なかったせいもあって六年間ずっと同じクラスで、一年次はクラスが違ったが、二年生に上がって再び同じクラスになった。幼い頃に両親を亡くして一人だった羽流の、大切な人。
「駅前のケーキ屋さん行こうか」
教室を出て、長い長い廊下を歩く。この学校は校舎のデザインも凝っていて、高級感に溢れている。
生徒会室の前を通り過ぎたとき、ドキリとして一瞬立ち止まり、生徒会室を振り返る。
「どしたの羽流?行くよ」
「う、うん!」
階段を降りていく二人の後ろ姿を、誰かがじっと見つめていた。
駅前のこの時間はいつも学校帰りの学生で賑やかだ。街の中で一番栄えており、買い物をするにも遊ぶにもみんなここに集まっている。羽流と瑠璃はいつものお店でケーキを買って、カフェスペースの小さな丸テーブル席に座った。
羽流はチェリータルト、瑠璃はチョコレートケーキ。店員に紅茶を頼んで、おやつタイムといったところだ。
二人はよくここに来て宿題をしたり、お話したり……。
瑠璃は甘い物が好きというわけではなかったが、羽流の好みに合わせていつもここに来る。チェリータルトを幸せそうに食べる羽流の顔は、見ていてとても癒される。
「ん~、やっぱりおいひーね」
「おいおい、食べながら話さないの」
もぐもぐとチェリータルトを口いっぱいに詰め込んで栗鼠のようになった羽流の顔を見て、瑠璃が笑う。
「生徒会の制服って、なんで違うんだろうね?」
「さぁ?特別感出すためじゃないの?」
「ふーん、やっぱりそうなのかな」
会計を済ませて、帰り道。住宅地を歩いていると夕飯の良い匂いがしてくる時間帯だ。二人の家は学校から徒歩圏内の住宅地にあり、隣同士。そのため両親を亡くしたあと、ご飯などは瑠璃の家におじゃましている。瑠璃の家族がそうしようと提案してくれたのだった。
「今日ロールキャベツだって」
「わーい!」
おやつを食べたのに匂いにつられて、もうお腹がぺこぺこだ。
家までもう少しというところで羽流は空を見上げた。
(なんだろ、今、なにか……)
黒い影のようなものが見えた気がしたのだが、それはもういなかった。おかしいな、でも鳥だったかもとすぐに影の事は忘れた。
(ロールキャベツ楽しみだなぁ)
夕飯も美味しかったし、宿題もきっちりこなした。ルンルン気分でいつもよりも早めに就寝した羽流はその日夢を見た。どこまでも続く真っ白な空間に、裸の自分だけが立っている。無音で、真っ白で、羽流はどこまでも続くその空間を走り出した。どこに向かえば良いかもわからない。出口はみつからないし、誰にも会うこともない。右手には両親が残した指輪を握り、何かを探していた。
《おかあさん》
《おとうさん》
どれくらい走っていたのか、最初にいた場所からどれくらいの距離まで来たのかもわからないが、ずっと変化のなかった風景に一つだけの違いが……羽流の両親が、倒れていた。
二人の周りには水晶のようなものが砕けて落ちている。
「はっ……!」
それを触ろうとしたとき、体がガクンと揺れて――目が覚めた。
確かに夢だったと思う。でも、足の裏にはあの空間のひんやりとした感覚が残っている。
「なんだったんだろう……お父さんとお母さん、どうして倒れてたんだろう」
しばらくぼーっと考え込んでいたが、時計をみると瑠璃が朝食に迎えに来る時間で、慌ててベッドから起き上がって顔を洗い、制服に着替えて玄関のチャイムが鳴るのを待っていた。
授業が始まっても、あの夢のことが気になっていた。ただの夢で終わらせることが、なぜだかできないのだ。大切な何かがそこにあるような気がする。瑠璃が話しかけても、聞こえていないのか頬杖をついて窓の外の空ばかり眺めているのだった。瑠璃はおかしいな、と思いつつも放課後までそっとしておくことにした。
その日の放課後、瑠璃はいつも通り羽流の席に向かうと
「羽流、あんた今日おかしいけど、何かあった?」
「あ、瑠璃ちゃん。ごめんね、なんかぼーっとしちゃってたでしょ」
「ずっと考え事してるみたいだったから、放っておいたのよ」
羽流はえへへ、と頭をかきながら、
「お父さんとお母さんの不思議な夢を見たんだ。ただの夢かもしれないんだけど、すっごく意味深だったの」
「ふーん……夢ねぇ」
ピンポンパンポン。校内放送のチャイム音が響いた。スピーカーから聞こえるのは、颯人の声だった。
『えー、二年A組雨野羽流さん、星野瑠璃さん。至急生徒会室に――』
羽流と瑠璃は飛び上がった。教室や廊下もざわざわし始める。
「え、えええっ!?どどどどうしようあたしたち何かしたっけ?」
「な、何かの間違いじゃないの生徒会から呼び出しくらうなんて!」
あんなにも憧れの象徴として存在する生徒会なのに、この学園で生徒会に呼び出されるのは怖いことだ、生きて帰ることはできない、などおかしな噂もあったのだ。それに入学してから呼び出されている人間を知らない。真面目に学校生活を送ってきたつもりだし、心当たりがない。
「と、とりあえず行かなきゃ、うん……行ってみよう」
鞄を持って、慌てて教室を出る。クラスメイトたちがドアからひょこっと顔を出して「すごいじゃん、はーるりコンビー!」と二人に向かって叫んでいる。長い廊下の先、生徒会室の前まで来ると、ドキドキしながら三回ノックして、深呼吸のあと
「失礼します」
ガチャリ、とドアを開けた。
緊張している二人を待っていたのは、想像していた恐ろしい生徒会の姿……ではなく、
「いらっしゃぁ~い!!」
ドアを開けた瞬間に笑顔で飛び出してくる颯人、パラパラと降り注ぐカラフルな紙吹雪、綺麗に一列に並んだ残りの生徒たちが鳴らしたクラッカーの音、その後ろの机で微笑む学校医であり生徒会顧問の田村千草先生。
謎の歓迎ムードに、二人は唖然とするしかなかった。状況が飲み込めない。
颯人がドアを閉めて二人をぐいぐいと中へ押しやる。初めて入った生徒会室は思っていたよりもかなり広くて、所々に不思議な彫刻や綺麗な宝石のようなオブジェが飾られており、小さな美術館のような雰囲気だった。
木製の長机は金の飾りで高級感に溢れ、お揃いの椅子のクッション部分は真紅に羽の刺繍。机にはそれぞれの席の前にネームプレートが置かれている。よくよく見ると、生徒会の役員の数よりも多い。その余分なプレートには
《生徒会書記 雨野羽流》
《生徒会会計 星野瑠璃》
これは?と羽流が問うよりもはやく、千草が口を開いた。
「突然ですが、君たちには生徒会役員になってもらいます。そして――」
「魔法使いに、ね」
「えええええええーーーーーー!?」
羽流と瑠璃の叫び声が、生徒会室のドアを突き抜けて廊下の先、校舎全体にまで響いた――。